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突然のさよなら

いつもより少し遅い、昼過ぎに起きて、携帯を見ると着信とメールがきていた。お姉ちゃんからだった。

朝早くにお姉ちゃんから連絡がくるなんて、きっと何か緊急だろうとは思った。少し嫌な予感がしながら、メールを開くと

『○○先生5日に亡くなったんだって。今日お通夜』

その先生は、私たち姉妹がお世話になった塾の先生。年齢は知らなかったけれど、まだ全然若いはずだった。

お姉ちゃんも原因は知らないまま、夕方お通夜に向かった。

先生は、個人塾を経営していて、お姉ちゃんたちの代が最初の生徒だった。当時はまだマンションの一室で教室をやっていて、こぢんまりした塾だった。その後、私たちが卒業したずっと後に、大きな場所に移ったと聞いていた。

お通夜には、現役で教わっていたと思われる制服姿の中学生や高校生がたくさん来ていた。卒業生と見られる人も、たくさん来ていた。現役の子たちは、みんな泣いていた。

それもそのはずで、先生はあまりに突然亡くなった。

その最後の夜、夜中の1:30まで仕事の原稿を作成し、終わって帰宅途中に行きつけのバーに寄って、飲み物を注文した後、お酒を口にする前に、突然意識を失って倒れたそうだ。

虚血性心不全、ということだった。そして先生は51歳だった。

その、ほんの1時間前に、電話で奥さんと話し、『あともう少しで終わるよ』と言って、奥さんが、『じゃあ先に寝ているね』と話したのが、最後だった。まさか、いつもと同じような、他愛もないそんな会話の後に、自分の旦那さんが、突然逝ってしまうなんて。

お姉ちゃんたちの代は、卒業後も何度か先生と飲み会をしていたけど、私たちはそういう企画をしたことがなく、私は中学校卒業後、先生に会っていなかった。でも、毎年先生から来る年賀状を、いつも楽しみにしていた。

まだ、結婚の報告も、していなかった。直接会って、先生、私結婚したよ、って言いたかった。

先生、私の旦那さま、ペルーの人なんだ。先生にも、会わせたかったよ。先生が、なんていうか、聞きたかった。だって、こんなに早く、こんなに突然、会えなくなるって思わなかった。

授業中に寝ている子がいても、怒るどころか、子供みたいにいたずらな顔をして、教室の時計を夜中まで早めて、他の生徒たちをトイレに隠し、その子を起こして、『おい、もうこんな時間だぞ。みんな帰ったよ』なんて言って、驚いて飛び起きるのを見て笑っているような人だった。

理数系がモロに弱い私にも、根気強く丁寧に、教えてくれた。先生のデスクの横に椅子を置いて、並んで座って、私がわかるまで、方法を変え、説明を変え、疲れた様子一つ見せず教えてくれた。

棺の中の先生は、10年以上会っていないからだけでなく、なんだか違う人みたいだった。倒れた時についたのか、額に大きな傷ができていた。みんな泣いていたけど、私は、夢みたいで、泣けなかった。ママが亡くなった時もそうだった。夢か、TVドラマを遠くから見ているみたいな気持ちだった。何ヶ月も経ってから、狂ったみたいにわんわん泣いた。それでもまだ、本当はいつか帰ってくるような気がしてた。

生徒さんたちは、多分今日だけで100人以上は来ていたと思う。

先生は、本当にたくさんの子供たちを教えてきたんだ。最後の日まで普通に授業をしていたのに、現役の子たちは、これからどうするんだろう。先生の塾は、閉鎖されるらしい。

先生、先生は、おじいちゃんになれなかったね。おばあちゃんになれなかった私のママと、そっちで会っているかな。【赤いポルシェ】と呼んでいた、赤いママチャリで、サングラスをかけて走っていたおちゃめな先生。

今夜は、たくさんの子供と、元々子供だった教え子たちが、先生のことを考えていることだろう。歩きながら、電車に乗りながら、食事しながら、そしてベッドに入ってからも。

さよなら、ミチ先生。



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